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自分の歩いている前方に物乞いが座っている。
もう50歳を越えているように見えるが、おそらくもっと若いだろう。
左腕が折れていて、腕が皮膚だけでつながり、ぶらりとぶら下がった状態になっている。
彼はすでに私を見つけて、じっと見ている。
私が近づくと手を差し出してバクシーシ(施し)を求める。
私は決して目線を合わすことなく通りすぎる。

こんな事はインドに入ってから数えきれないほどある。
私はその瞬間が嫌いだった。
別にバクシーシをしないことに罪悪感はない。
求められるままに金を渡したら、私は散財し、すぐに帰国するはめになる。
嫌いなのは慣れてしまうことだ。
自分とは対極ともいえる状況にいる彼らを見ても、何も感じることなく、視線を合わせることなく、ただ適当にあしらうのだけは上手くなる。
そうなってしまう自分が嫌いで、恐かった。

チベットではほとんど見かけなかった物乞いも、ネパール、インドと南下するにつれ目につくようになる。
特にインドに入ってからは、一日として彼らを見かけない日はない。
ガンガーで、路上のチャイ屋で、バスの休憩で、デリーの地下道で、至るところに彼らはいる。

手のない人。
足のない人。
それらの変形している人。
下半身のない人。
顔の変形している人。
皮膚のただれている人。
赤子を抱えている人。
子どもがさらに幼い子どもを抱えていることもある。
さまざまだ。
もちろん五体は満足にある人もいる。
彼らに共通しているのは、力のない目だった。

彼らは同情を得るために、自ら自分の体を傷つけると聞いたことがある。
また、同じ理由で赤子を借りてきて、そのための業者もあると聞く。
それを彼らの技術だと皮肉っぽくいう人もいる。
実際、私が通りすぎると、それまでうつろな目をしていたのが、急に元気になったりする人もいた。
またインドには習慣としてバクシーシがあるから、物乞いを一種の職業だと捉える人もいる。
しかし、虚ろな目を装ったって、自分を傷つけたって、仮にそれが職業だとしても、彼らが貧困のどん底にいることに変わりはないと、私は思う。
逆にそこまでするしか、彼らには生きていく術がないとも言える。

私も彼らの壮絶とも言えるアピールを見たことがある。

それはネパールのポカラのある食堂でのことだ。
私は友人二人とラッシーを飲みながらくつろいでいた。
なんとなく外に目をやると老婆が外を歩いている。
そのときは彼女が物乞いだとは思わなかった。
衣服もそれほど汚れているわけでもなく、歩き方もしっかりしていた。
老婆は私たちに気が付くと、食堂の入り口までやってきた。
そして、ゼスチャーで食べるものがないと、バクシーシを求めてきて、そのとき初めて老婆が物乞いであるとわかった。
私たちが拒否すると、老婆は私たちの座っているテーブルの目の前まで来て、再びバクシーシを求める。
しかし私たちはさらに「NO NO」と言って、彼女を無視して喋り始めた。
すると老婆は突然、テーブルの上に置いてあって、灰皿を手に取った。
このときは、吸い終わったたばこを持ち帰り、残りの部分を後で吸うのかなと思った。
しかし、彼女のその後の行動は、私の理解を越えていた。
まず吸い殻を外へ捨てて、灰皿の上に積もっている灰を口に運び、一気にごくりと飲み込んでしまった。
それだけ食べるものがないということなのだろう。
私は唖然として声も出なかった。
そしてさらに老婆はバクシーシを求めてきたが、結局私は何も渡さなかった。
正直、なんだかその老婆が恐かった。
他の二人も私と同様、バクシーシをしなかった。
すると老婆は諦めて、以外なことにちゃんとお金を払いその店でバナナを2本買って
いった。その様子を見て、
『なんだ、お金あるんじゃん』
とそのときは思った。

しかし何だか釈然としない。
ゲストハウスで一人になって、その出来事を思い起こしてみる。
彼女は確かにバナナ2本分のお金を持っていた。
でも、もしかしたらそれが彼女の全財産かもしれない。
いや他にも多少のお金を持っていたとしても、やはり食べるものに困る生活なのだろう。
でなければ、たばこの灰なんか、食べるわけがない。
かといって、彼女にバクシーシをしなかったことを後悔したわけではない。
施すかどうかは自由だろう。
しかし、その老婆がバナナを買ったことを以外に思い、安易に、彼女がお金をもっているのなら、私たちがバクシーシをする必要はないと思ったことを恥じた。
物乞いだって、食べ物くらい買うだろう。
でなければ生きていけない。

確かに私は求められるまま、バクシーシをするわけではない。
しかしいくら私が貧乏バクパッカーといっても、バクシーシに応えることだってある。

バラナシで、ガンガー沿いを歩いているとき、よく会う物乞いがいた。
最初、私がガンガーを見ながらぼーっとしていると、彼が近づいてきた。
歳は20歳くらいの青年で、衣類は汚れていて、アルミの缶をもっている。
私はいつものように「NO NO」と言って、バクシーシを拒否したが、彼はあきらめずなかなか立ち去ろうとしない。
私の言うことなど無視して、食べるものがないと小声で喋っている。
そのうち私の方がしびれを切らせて、その場を離れた。
そうすると彼も私にスタスタとついてくる。
そんなことをしばらくやっていたが、いいかげん私は彼のしつこさにうんざりして、大人げなく怒鳴ってしまった。
するとさすがに彼も諦め、どこかへ行ってしまった。

そして次の日、また彼とガンガーで会った。
昨日のことなどすっかり忘れているように、またバクシーシを求めてきた。
私はなんとなく、昨日怒鳴ってしまったことを大人げなかったと思っていて、たばこを1本渡した。
そうすると驚いたことに、それまでの表情とは一変して、彼はにっこりと笑顔になった。
驚いたのは別にたばこが喜ばれたからではない。
元々バクシーシは、施す側が施すことによって得をつめるとされているので、もらう側はお礼なんていわないし、愛想がよくなるわけでもない。
だから彼が私のバクシーシに喜びを表したことが以外だった。
その顔が見れたことで、私も気分がよかった。
その次の日も、そのまた次の日も私は彼と顔を合わせた。
私はその度に彼にたばこを渡し、その度に彼は喜びを顔いっぱいに表わした。

また、デリーで日本大使館に行くために市バスにのったときのことだ。
大使館までは距離があったが、タクシー代なんて払う金はないので、バスで行くことにした。
乗ってからしばらくすると、どこからか悲しい旋律が聞こえてきた。
車内を見渡すと、10歳くらいの少年がアコーディオンのちょっと小さくした楽器を弾いている。
どこから乗ったのかはわからないアコーディオン弾きの少年と、そのあまりに悲しい旋律はなんだか、映画のワンシーンのようだった。
私はその旋律に身を任せていたが、しばらくして、その少年とは別にもう一人少女が乗っていることがわかった。
その子は乗客一人一人にバクシーシを求めていた。
なるほど、彼らは兄弟らしい。
その悲しい旋律のためか、かなりの人が小銭を少女に渡していた。
私もいくらか渡すことを決めていた。
そして、少女は私の目の前にきた。
私はその時に初めて、少女のあごの骨がぐにゃりと変形しているのに気がついた。
左の方が耳から顎にかけて、ひしゃげている。
それでは食べ物を噛むのも大変だろう。
正直私はその少女を直視できなかった。
私はすでにバクシーシをすることを決めていたので、財布から小銭を探したが1ルピーが見あたらない。
あるのは5ルピーの硬貨だけだった。
5ルピーといえば、15円くらいだと思うが、海外に出て日本円に換算しても意味がない。
5ルピーといえば、チャーイ(ミルクティー)が2杯飲めるし、屋台でバーガーが買えるちょっとしたお金だ。
しかし私は迷うことなく、それを渡した。

インドを旅すると、このバクシーシは避けて通れないものだ。
しかし、別に難しく考える必要はないと思う。
自分の心が動けば渡せばいいし、別に渡さなければいけないというものでもない。
別に私がバクシーシすることで、彼らが救えるなんて、そんなおこがましいことは考えないし、そんなことがあるわけもない。
また子どもへのバクシーシは、彼らの自立心の成長を妨げるなんて難しいことを言う人もいるけど、それを肯定する気も肯定する気もない。
ただ私は、私の渡した小銭で、チャーイの一杯でも飲めればそれでいいと思っている。

もう何年も前、ある本でバクシーシについてのエッセイを読んだことがある。
残念ながら筆者も題名も覚えてないが、鮮明に覚えている場面がある。

それは欧米人の筆者がインドを旅したときのことだと思う。
インドのどこかの空港に来たはいいが、筆者に何かのトラブルが起きてしまう。
トラブルといっても命に関わるものではなく、ちょっとしたものだったと思う。
その時に通り掛かった、インド人の紳士が、筆者を助けて問題は解決した。
筆者はその紳士に何かお礼がしたいと言うが、紳士は丁寧に断って、こう言った。

『あなたが私にお礼をする必要はありません。
もしあなたが、私のちょっとした親切に感謝の念を抱いたのなら、あなたも誰か身の回りの困っている人に、同じようにちょっとした親切を施してください。
いや、別にお金をあげてくれとかそういう意味ではないです。
自分のできる範囲で、ささいな親切を施してくれればそれで結構です。
そうして、私からあなたへと渡った親切が、あなたから別の人へ、そしてその人からまた別に人へと、世界中に広がっていくでしょうから。
それをインドではバクシーシといいます。
それではよい旅を。』

なるほど、バクシーシとは本来そういうものなのかもしれない。
別にインドの貧困問題とか、子ども自立心とか、難しいことを持ち出す必要もないだろう。
私も今度はお金ではなく別の形で・・・・

Source: kazukij
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